モン族出身の女の子たちとラオス人の実生活に触れる

古都ルアンパバーンに向かう道中、ラオスという国が後進国だという事実をまざまざと見せつけられました。どんな山奥に入っていっても、なぜか山道を切り裂いたこの道の両側に集落がポツリポツリと姿を見せるのです。家屋はまるで歴史の教科書で見た竪穴式住居でした。子供たちは上半身裸が普通です。川で洗濯、入浴の世界です。それでも、我々の乗ったバスを見つけると満面の笑みで手を振ってくれます。こういった光景を数多く見ていると、文明が人々を幸せにするのか疑問を覚えます。文明は我々の生活を便利にしてくれますが、イコール幸せをもたらすものではありません。幸せは環境にあらず、心の持ち方にあるのです。

ルアンパバーンのモン族出身の女の子たち

このバスでしばらく揺られ周囲の景色にも飽きてきた頃、通路を挟んだ反対側に日本語のガイドブックを手にした男性の存在に気がつきました。彼は唯一このバスに乗り合わせた日本人でした。休憩地点で話が弾み、彼がバンコクに長期間滞在していることを知りました。彼の今回の旅は、タイでのビザ滞在期間を一度出国することで取り戻すことでした。そのままルアンパバーンでは一緒に部屋も借りました。一度屋台で食事を共にしているとき、ルアンパバーンの夜空に花火があがりました。12月に夏の風物詩を見ることができるなんて想像もしていないことでした。数日後、僕が先にルアンパバーンを発つことになりますが、後にバンコクカオサンロードの屋台で偶然再会することになります。世界は思うよりも狭いのです。

メコン川とその支流に囲まれたルアンパバーンもこれといった観光名所はありません。数々の寺院が点在しているくらいです。何か特別なものを期待して訪れた人は物足りなさを感じてしまうかも知れません。当初僕も同じように、この町のどこが世界遺産なのかわかりませんでした。それでも、1日1日と経過していく中で、とても居心地の良さを感じるようになりました。静かに落ち着いた町並は日本の京都を思い出させます。毎晩メインストリートではナイトバザールが催され、ラオス独特の民芸品が所狭しと並べられます。料理はタイの方がメニューも豊富でおいしいですが、民芸品(布や織物など)はラオスの方がキメ細かく価値あるように見えました。また、ラオス人はとても日本人に似ていて、親近感を抱かせてくれます。

ルアンパバーン2日目、ナイトマーケットでモン族出身の女の子たちと出会いました。その内の一人はルアンパバーンのホテルに勤めていたため多少英語が話せました。すぐに仲良くなって、その後の滞在期間中いつも一緒に遊んでいました。彼女は原付バイクを持っていたので、様々なところへ案内してくれました。1.滝がいくつもある遊歩道。2.メコン川を眼下に見下ろしカラオケができるレストラン。3.日本でいう一昔前のディスコ。4.モン族のお祭り。5.友達の生家。3.のディスコを除いてどこも観光客が行かないところです。1.遊歩道には、彼女の友達のお兄さんが車を出してくれました。2.ここに住むラオス人の楽しみはもっぱらカラオケのようです。彼女たちはタイの歌手に憧れていて、自宅ではカラオケビデオCDをモニターに映して鑑賞し楽しんでいます。3.11時ごろにはお店が閉まります。このあたりではイケてる若者が集まっているのでしょうが、ちょっとイケてませんでした(笑)。中心部より少し離れたところにももう一軒ディスコがあります。4.古き良き日本のお祭りと変わりはありませんでした。輪投げのようなものがあったり、射的のようなものもありました。その他、モン族の民族衣装に着替え記念写真を撮ってくれるお店もありました。さらに、カラオケ大会まで開催されていました。屋台ではパパイヤサラダを食べました。食感がよくヘルシーでおいしいです。作り方も教えてもらいましたが、まだ青く堅いパパイヤをニンジンの千切りほどの太さに削いでいきます。それに、独特のスパイスで味付けします。「辛くしないで」と頼んだのですが、やっぱり辛かったです。5.家屋はカルチャーショックを受けました。山道で見かけた竪穴式住居ほどではありませんでしたが、トタンのような壁があって床は土間のままでした。ところどころにゴザが敷いてあってその上でのんびりしています。ただ、このような環境にあっても携帯電話をしっかり持っているところには違和感を感じざるを得ませんでした。

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