大河メコンスローボート2日間の旅~フエサイよりタイ再入国

ルアンパバーン滞在中、今回の旅で東南アジア4カ国を渡り歩くことを諦めました。ベトナムに移動するか迷ったのですが、移動移動の連続になり旅を楽しむことができないだろうという判断からでした。計画を変更した僕は、ルアンパバーンから1泊2日のメコン川スローボートの旅を選択して、ラオス国境の町フエサイを目指すことにしました。5日間のルアンパバーンの生活は実に充実していました。これもみんな道中や現地で知り合った方々のおかげです。仲良くなった彼女は出発日にも出社前に見送りに来て別れを惜しんでくれました。案内してくれたお礼に僕がつけていたネックレスをプレゼントしてこの町を後にしました。帰国後しばらくして、彼女からお礼の手紙とラオビアのTシャツが届きました。心の温かい人ばかりです。

大河メコンスローボートの旅

僕はこのスローボートの旅を甘く見ていました。吹き抜けの船内はとても狭く、椅子も小さなものでした。足を満足に伸ばすこともできず、寝ることもままならない空間なのです。船上から眺める景色は、テレビで見た中国奥地の秘境のようでした。メコン河両岸にもいたるところで集落を見ることができました。どうしてこんなところに住まいを構えるのか不思議なのですが、本当にどこにでもいるのです。ある西洋人はわけのわからない集落で途中下船していきましたが、一体何があるのか気になって仕方ありませんでした。船が岸に着くと、大抵食料を売る現地の方が船に乗り込んできます。ある集落では、「バナナ!バナナ!」と元気な声で連呼しながらうろちょろする少女がいたので、モンキーバナナを一房買ってあげました。バナナという言葉は覚えたのでしょうか?

夕方になると、薄い生地を一枚羽織ってメコン川で入浴している集団を見かけました。電気の通っていない彼らの生活では、日の沈む直前に入浴して、そのまま床につくのでしょう。一度彼らに混じってそんな生活を一緒にしてみたいと思いました。日が完全に沈み少し肌寒さを感じるようになった頃、スローボートはやっと中継地点の名前もないような小さな町に到着しました。翌朝、再びフエサイへの旅が始まります。早々に夕食を済ませ倒れこむようにベットに転がりました。

目覚めた頃、もう出発時刻は迫っていました。こんなところに置いていかれたらたまりません。慌てて着替えを済ませ船に向かいました。この船の船頭さんは家族と共に乗客を運んでいました。奥さんと小さな子供が2日間ずっと一緒でした。完全に船上は生活の一部でした。僕らのスローボートを、時折水しぶきを上げてスピードボートが横切っていきます。なぜかスピードボートが通る度に慌ててシャッターをきる西洋人のおじさんがいましたが、その光景がおかしくてたまりませんでした。フエサイに到着する頃、再び日は沈みはじめていました。スローボート丸2日間の旅、、、まず次はないと思います。思いっきり飽きました。

フエサイでは宿まで送迎してくれるゲストハウスを選びました。翌朝、イミグレーションに向かおうとしたのですが、地図もなくわからずふらふらしていると、オーナーの弟さんがバイクで僕を運んでくれました。ここの国境は貧相なボートで超えます。数分で対岸に着き入国審査も判子一つで終わりました。何はともあれ無事タイに戻ってきたのです。またまたトゥクトゥクを利用してバスターミナルまで移動します(※思い返すと、ことあるごとにトゥクトゥクのお世話になっています)。本日の目的地はタイ北部の古都チェンライです。旅の期限は残り6日となっていました。

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